さこうかよこ(13期生)

更新日時:2019年06月04日

さこうかよこ1
氏名 さこうかよこ
職業 ダンサー/振付師
部活動 吹奏楽部

中学生から高校生へ

「中央高校の合格率は50%だなぁ~、玉龍高校なら大丈夫だと思うよ。」と中3の担任に言われたのを覚えています。私の頭の中には志望校は中央高校しかなかったので、それに賭ける!と決意して、弟がやっていた新聞配達のバイトを一緒に始めました。しかも3年生の後半に!きっと自分に「喝」を入れたかったのでしょう。「あの制服を着たい!」という単純明快な理由だったのですが、落ちたらどうなるのか….というイメージを持たないまま、ボッケな決断をし、ラッキーにも合格通知をいただいたわけです。

晴れて鹿児島中央高校13期生として迎えられ、期待溢れる高校生活が始まりました。大好きな制服に袖を通した時は、本当に嬉しかったです。 加治屋町にある学校のすぐ近くで生まれ、小学2年生から吉野町に引っ越した私は、吉野中学校を卒業しました。当時(昭和40年代)の吉野は山、薮、田舎!というイメージしかなく、小中学校に行くにも畑のあぜ道を通ったものです。

現在の開けた吉野を一体誰が想像できたことでしょう!
That’s so amazing! 驚きと感謝です!

さておき、中央高校に進学したら演劇部に入る!と決めていました。しかし、入学してすぐに、吉野中学時代の吹奏楽部の先輩が勧誘にやって来ました。中学校の吹奏楽部時代はあまりにも高貴なイメージの先輩だったので、お話ししたこともほとんどなかったのですが、「さこうさん、吹奏楽部に入って!」とにこやかに誘われ、はい!と吹奏楽部に入部することに……! 運命の吹奏楽部でした。

同期13期に吉俣 良さん、12期には尾崎 晋也さん、11期に加塩 人嗣さんと、現在音楽家として大活躍している人たちがおり、他にも個性豊かな仲間たちが多勢いて、感受性豊かなteenager時代を彩ってくれました。クラスメイトも愉快な顔ぶれで、女子クラスはいつも笑いが絶えませんでした。

たまに男子クラスと一緒に授業を受ける時はウキウキドキドキが嬉しく、先生の言葉はほとんど頭に入ってなかったですね。可笑しなことがあれば、さっとイラストに描いてみんなに回したり、勉強しないことが成績にしっかり反映されていました。部活動や課外活動が楽しく、まさにユーミンの歌の世界のような学生時代でした。

勉強できないくせ弁論大会には選ばれて、在学中に2回九州大会に行ったこともあります。鹿児島県高等学校弁論大会優秀賞をいただき、長崎大会と沖縄大会に行きました。同伴した母が後々までも嬉しそうに語っていたのが印象的です。今でも「長崎県教育委員会賞」(昭和51年)というトロフィーが実家に飾ってあります。

進路決定

ほとんどの友人たちが大学進学する中、私には進学という選択肢はありませんでした。成績不振…それもありますが、それ以前に「舞台関係の方向に進みたい」という思いがあったからです。経験もないのに、俳優やパフォーマーといった舞台人に憧れていたのですね。東京にある舞台芸術専門学校の資料を取り寄せ(現在みたいにネットなんてないから全て郵送、情報収集も難しかった!)親に頼みましたが、まさか「YES」と言われるはずもありませんでした。教師になって欲しいと願っていた両親にとっては、娘の無謀な考えにただただ驚くばかり!

「仕方ない!鹿児島で就職してお金貯めて、自分の力で上京しよう!」と決めて就職することに。当時の担任の先生がご尽力してくださり、就職の面接試験の練習をやってくださいました。晴れて第一生命保険に内定!受験勉強に苦しむ友人たちより先に自由の身になりました。次は「将来のために身体を鍛えよう!」と決めモダンダンス研究所に入所し、これが本格的なダンスへの道に繋がって行ったわけです。

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ダンスレッスンに通う傍、仲代達矢さん主宰の「無名塾」のオーディションを受けました。単身上京し、ダメ元でいざチャレンジ!なんと700人くらいの中から30人くらいに絞られた中に入り二次試験に行けたのです!
That’s so fantastic!

二次試験では審査員の中に仲代達矢さん、奥様で演出家の宮崎恭子さん他5~6名がいて、私以外はみんなトレーニングしている俳優の卵みたいな人ばかりでした。結果は残念でしたが、若さの勢いで翌年も受験しました。なんと2回目も同じ結果!合点が行かなかった私は仲代氏に手紙を書き、「素人の私が二次試験まで行ったのはなぜですか?でも三次まで行けなかったのはなぜですか?」と問いました。さすがに本物俳優は違いますね、ちゃんと直筆で(毛筆!)ご丁寧な返信を下さいました。「鹿児島から来たダンスをやっている方でしたね、良く覚えています。… (中略)…ダンスを頑張って下さい。」と激励で結ばれていました。

若さは立ち直りも早い!
以降、鹿児島でOLをしながらダンスに勤しんだのです。それから3年後、OLを辞めダンスの助手やインストラクターへと進みました。

転機

人生はcuriosityが導いてくれる!と誰かの名言ではないのですが、好奇心によって思わぬ出会いや展開があるものです。ダンスインストラクターの頃、ダンスの恩師にロサンゼルスに行く機会をいただき、そのことが後のニューヨーク行きに繋がりました。ニューヨークの位置すらわからなかった私が、ひょんな出会いであんな大都会に27年も住むことになろうとは!That’s so interesting!

さこうかよこ3

ニューヨークに到着したのは1986年3月6日。祖母の命日。小雪が散らつくマンハッタンを薄手のコートを着て歩きました。当時のニューヨーカーはほとんど黒ずくめの服を着、細身で颯爽とストリートを闊歩し「カッコいい!」。ただでさえ英語がわからないのに、訛りの強い発音が聞き取れず焦りながらも、それでも期待で胸いっぱいでした。白いセントラルパークは、名画「ある愛の詩」がそのままそこにあり、今はなきワールドトレードセンターの方角が南だと知り、摩天楼の下にぽつねんと立つのが精一杯でした。

それから7年!Rod Rodgers Dance Companyに所属するまで、なかなかダンスもできず生活も四苦八苦しました。ブロードウェイのミュージカルなどいろんなオーディションも受けましたが、ダンスでいい線行っても歌で失格。英語で歌詞が伝わらないとだめなんですよね、当たり前だけど。

オフィスでの仕事もやりました。この経験で、ニューヨークの社会の仕組みやノウハウなどを大いに学びました。ダンサーも踊るだけでなく、コンピューターや事務ワークができないといけない時代。マンハッタンの超高級マンションやそこに住む人たち、シャープな雰囲気を持つWall Streetのビジネスマン、質素で堅実なオフィスワーカー、ニューヨークの底辺部を支えている移民の人たちなどなど、人々はこの魅惑の街にcome and go….

Rod Rodgers Dance Companyは、アメリカンモダンダンス界では老舗のダンスカンパニー。15年間ダンサーとして活動し、その間自分の作品を振り付けし発表するようになりました。今は亡きMr. Rod Rodgers (ロッド ロジャーズ)にお世話になり、パフォーマーとして多くを学びました。 その後、パートナーと「くろたま企画」というグループを設立し、パフォーミングアーツの活動を行なってきました。2011年にはバイリンガル劇「Kutsukake Tokijiro」をオフ・オフ・ブロードウェイで3週間公演し成功させ、その他東日本大震災復興支援イベントや朗読劇、ワークショップなどに取り組んできました。

介護 Part of My Life

平成の大部分をニューヨークで過ごした私に、2013年1月に「母倒れる!」という実家の大事件でchangeが訪れました。初めの1年は無我夢中。どうやって母の命を助けられるか、どうやってもう一度父と暮らせるようにできるか….医師たちと話し、理学療法士や作業療法士に学び、必死でした。

その甲斐あって、母を家に連れ戻すという願いは叶いました。母は以前の母とはだいぶ違っていましたが、それでも家族のことはしっかりわかりました。

そして母を見送った後、一人残された父のケア…..「これも私の人生の一部なんだ」と思えるには時間が掛かりましたが、That’s reality!

令和元年TOKIJIRO

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自分のやるべき事を、介護で埋没させてはいけない!との思いが強く、2014年‐2015年にダンスパフォーマンス「女のことば」を公演しました。鹿児島の素晴らしいダンサーたちが一緒に舞台を創ってくれました。そして2019 年、令和となった記念すべき年に「ニューヨーク発バイリンガル劇TOKIJIRO」を公演開催予定です。日本語と英語のセリフ、ダンス、ムーブメント、そしてライブミュージックを織り交ぜた、This is the Entertainment Human Drama!

演劇会場としてはレアな、北ふ頭1号上屋という倉庫での開催です。
ニューヨークから来鹿予定の俳優たちと、鹿児島のアーティストたちが北埠頭に新しい風を吹かせます。Just Go for It!

I’m proud of….

十代の頃、中央高校に行く!と決め、今こうしてこのサイトに自分の半世紀以上のストーリーが掲載されるご縁に感謝いたします。鹿児島中央高校生だったことに誇りを持ち、いつまでも大切にしたいと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございます!


TOKIJIRO鹿児島公演サイト

https://www.tokijiro-jp.com

TOKIJIRO PR動画

https://www.youtube.com/watch?v=YmVqd8nlxOI