卒業生の活躍

篠原啓祐(33期生)

更新日時:2018年11月16日

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氏名 日本貿易振興機構
(ジェトロ)ハノイ事務所
篠原啓祐
職業(役職等) 団体職員(事業チーム)
部活動 剣道部

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鹿児島中央高校に進学した理由

自宅からの通学時間の短さが決め手だったと思います。受験勉強頑張りました(笑)

在学時の思い出

ほとんど部活中心でした。当時は宿題が多かったので、帰宅後、眠たいのを我慢しながら必死に宿題に取り組んでいました。また、部員同士で勉強を教え合ったり、お互いを助け合ってました。他の部員より剣道はそれほど強くありませんでしたが、当時ご指導いただいた大西先生(23期)、俣木先生、仲間のおかげで、今でも剣道を続けています。

また、桜島一周遠行で走破したことは、自分にかなり自信がつきました。遠行後数日は足が筋肉痛で階段を上がるのも大変でしたが、「遠行のキツさに比べたら、日ごろの苦労なんて楽勝!」と思えるようになりました。

進学後や社会に出てからの経歴や思い出

メディア関係で働きたいという思いがあり、高校卒業後は鹿児島大学法文学部経済情報学科に入学しました。大学在学中、休学してイギリスへ短期留学(半年間。両親にはかなり反対されました…。)したのをきっかけに価値観が変わり、金融関係か観光業への就職を考えるようになりました。悩んだ末、金融関係を選択。中小企業金融のプロである、国民生活金融公庫(現・日本政策金融公庫)に入社しました。

入社後数年間は仕事になじめず苦しい時期もありましたが、その時に頼りになったのは高校時代の同級生で、時々時間が合えば、いまでも交流をしています。また、留学経験もあったので海外を相手に働いてみたいと思っていましたが、当時はそのような機会がありませんでした。

入社後、自分を高めるための資格取得を心がけており、2017年には中小企業診断士を取得しました。働きながらの資格取得は大変ですが、三綱領の「好学」の大切さを社会人になってから改めて気づかされました。

現在の状況

2016年4月から、縁あって日本貿易振興機構(ジェトロ)に派遣されています。昨年4月からは同機構のハノイ事務所(ベトナム)に駐在し、現地での展示会・セミナー開催などを通じて、日本企業の海外進出をサポートしています。仕事は大変ですが、世界を身近に感じることができ、大変充実した生活を送っています。
ベトナムには中小企業診断士が少なく、また、取りまとめる組織がなかったので、今年2月に在ハノイの中小企業診断士に声をかけ、ハノイ中小企業診断士会を設立しました。仕事の傍ら、情報交換や資格更新のための協力を行っています。

ハノイでは、現地の剣道クラブがあり、時々参加しています。使用している体育館は、床が堅く、はがれていたり、釘が出ていたりなど、日本と比べると練習環境が非常に悪いのですが、それでも日本の剣道を一生懸命学んでいるベトナム人の姿を見て、何か貢献したと思うようになりました。今年は日越友好45周年の記念の年であり、ベトナムの剣道家に貢献しようということで、11月11日に剣道大会を主催しました。運営は大変でしたが、多くのベトナム人に喜んでいただきました。

また、現地鹿児島県人会の代表を仰せつかっており、11月に開催された鹿児島県人世界大会に出席するため一時帰国した際は、おはら祭の前夜祭の中央高校連に飛び入りで参加させてもらいました。突然にもかかわらず同窓会の諸先輩方に温かく迎え入れていただき、大変うれしく思いました。これまでに一度もおはら祭で踊ったことがなく、一度は踊ってみたいと思っていたので、まさかこのタイミングで夢が実現するとは思っていなかったです。

後輩・現役生徒へのメッセージ

今思うと、どの経験も苦労の連続でしたが、時間はかかりましたが夢をかなえることができた理由は、在学時代に学校で教わった社会人としての基礎を生かし、様々なご縁や機会を大事にし、あきらめずコツコツと繋げた結果だと思います。

高校生の時期は、将来の進路に悩むと思いますが、「今」を大事にし、積極的に学校生活に取り組み、社会人としての基礎作りをしてください。必ず道は開けます。

辻 希(11期生)

更新日時:2018年09月04日

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辻希2

氏名 希 NOZOMI 法律事務所
辻 希
職業 弁護士 事務所代表
部活動 郷土研究部

東京都中央区日本橋3-1-4 画廊ビル6階B
03-6807-1083

他校を志望していましたが、川内北中の恩師に強く勧められ入学しました。
そのほか、女子は体育の授業に水泳がなかったこと(夏休みに特別授業あり)や制服が可愛かったのが入学動機でした。

3年間、図書室学習を強いられ、特に、休日の学習は10時間以上しなければ、先生に怒られていました。教材の忘れ物をすると、その時限は正座でした。
水曜日の団訓は、桜島が噴火し灰が降って、中止になることをいつも祈っていました。

九州大学法学部に入学しましたが、当時4年制大学卒の女性は大変な就職難であることを知り、3年生から司法試験に挑戦しました。卒業後、中洲のスナックで週2回アルバイトをし、生活費を工面しながら、2年間挑戦。そのうちに、親に見初められて、26歳で結婚し、東京の老舗料亭の若女将に。数年を経て、子1人の母子家庭に。2年間必死に司法試験の勉強をし、34歳で合格。平成5年に弁護士登録。その後、働きながら再婚し1児を設けますが、離婚。
20年に事務所を開設し、現在に至っています。主に、マンション管理・離婚・交通事故問題を取り扱っています。

三綱領・五条目が好きでした。団訓、中央高校体操、寒中鍛練が良い思い出で、 将来役に立つはずです。
3年間は、自由がない明るくないコンプレックスの時間の海で、溺れ死にしそうな暗い青春と思っていましたが、その時の空気を吸っていた喜び、絆、今では素晴らしい時間であったと感じています。
輝かしい青春ではないと感じ、生きていき難い時期も乗り越えれば、必ず良い日がやってきますよ。頑張って欲しい!

第11期 関東同窓会

兒玉侑大(35期生)

更新日時:2018年07月10日

兒玉侑大
氏名 第53回同窓会総会 実行委員長
兒玉侑大
勤務先 霧島市役所 総務部財政課 主任主事
住所 霧島市国分中央3-45-1
電話番号 0995-45-5111(代)

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鹿児島中央高校に進学した理由

母校の先輩で県庁に勤務されている方が近くに住んでおり、当時から行政マンになりたかったので「中央には入れれば行政マンになれる(笑)」と思ったためです。何とか無事に合格できました。

母校での3年間

入学後は空手部に所属しました。1学年各5名程度の部員数だったので、講堂の舞台や袖で練習に励みました。

「ランニングの体操服」は自分たちの代から半袖のTシャツタイプに、また補助バッグも変わりました。(ただ在校時は賛否両論のあった補助バッグでした。)ちなみに「中央高校体操」は1年時までで、それ以降は実施されなくなってしまいました。

1年時は長野オリンピックの年で清水選手への憧れもあり、ちょうど33期生がご卒業された後には、3階の「よく滑る蠟引きの廊下」で「スピードスケート」のマネをして友人とレースを楽しんでおりました。

2年生の時、修学旅行で中国に行きましたが、訪問地の西湖で乗っていた遊覧船が他の船と衝突事故を起こしました。その際、何を思ったか他の船へ一人飛び移り離れ離れになり、船着場でクラスの仲間と合流できた時には、添乗員さんにこっぴどく叱られましたが、今でも反省しております。

この年の体育祭では、障害物競走に出場しましたが惜しくも負けてしまい、悔しさから1年間、レースの研究を重ね、最終学年で一番になりました。高校時代の数少ない成功体験です。

勉強の方はといえば、1年時の数学教科担任の先生が怖くて、日々題や予習もまじめに取り組みました。2年時は文系クラスに進級しましたが、致命的にも国語と英語が非常に苦手でした。
特に英語は、先生から「(大学に進学したくても)どこにも受からないレベル」と指導されましたので、センター試験までは英語の成績を上げることに重点を置き、「英語漬け」の毎日を過ごしました。

何事も規律があって厳しい3年間でしたが、苦楽を共にした友人たちと天文館で遊んだりして適度な息抜きが貴重な時間であり、楽しみの一つでした。

その甲斐あってか、35期生は野球部やサッカー部の活躍をはじめ、切磋琢磨し、文武両道の素晴らしい結果も残しました。

大学進学から社会人としてのいま

苦手な英語も何とか克服し、幸いにも鹿児島大学法文学部法政策学科に進学できました。大学生活は順風満帆に過ごせました。

就活時は、大学で行政法を専攻していた関係で判例研究を活かせるのではないかと思い、当時、産業廃棄物処理場の建設が予定されていた国分市(現霧島市役所)を受けて、合格しました。

地域密着という点では、大きな自治体とは異なり「市民との距離も近く、住民の声を直接耳にする機会も多い」職場だと実感しました。また、市民と行政の感覚差にいち早く気づくことのできる「現場系の部署」に今まで配属されたおかげで、仕事も比較的早く覚えることができました。

これから目指すことは、財政と法律を知らなければ適切な判断ができないので、総合職(ゼネラリスト)のプロフェッショナル」になれるよう経験を活かし自分の力を付けていきたいです。また、地方においては、社会資本を整える役所の役割は大きいという観点からも、市民がこの地に暮らしてよかったと思えるまちづくりに励みたいと思っております。

第53回総会に向けて

伝統を繋いでいくのが務めであり重要だと思っております。
そして同期の絆を深めながら準備に明け暮れております。

御縁の拡がりにも期待しておりますので、同窓生に一人でも多く参加してもらえるよう微力ながら担当期として全力でお手伝いします。

西島満里子(1期生)

更新日時:2018年07月09日

西島満里子
氏名 株式会社西島商事
西島満里子
職業 サービス業 オーナー
店名 マリーグループ
(沙悟浄・カマラードマリー
・カタリナマリー・ベベドマリー)

鹿児島市下荒田2丁目4番2号
TEL:099-226-3317(代表:カマラードマリー)

沙悟浄
沙悟浄
カマラードマリー
カマラードマリー
カタリナマリー
カタリナマリー
ベベドマリー
ベベ・ド・マリー

「皆さんはこれから我が鹿児島中央高校の歴史を創る」 城西中学在学時に、学校説明会で訪れた初代柳校長の弁舌爽やかで情熱的なお話に心を打たれ、進路を決めたことが忘れられません。

校長の母校にあたる広島師範学校(現広島大学)卒業生の先生方も多く、当然ながら「校風のない」新設校だったため、学校方針である「体を鍛えることは心身の健全育成に繋がるという考え」を念頭に、加久藤峠の登山キャンプの実施や卒業時に「将来の夢」を全員に書かせるなど、「自分達がこれからの学校の色を創り上げなければならない」と感じるほど必死に指導教育してくださったことをしっかりと憶えております。

一年生時は伊敷の現県立短大の所にあった使われていない公共宿舎が仮校舎でした。 また、「足並みを揃えることで連帯感を高め心をひとつにする」団体訓練も、ゴツゴツした伊敷校庭の石拾いから始め、たまに甲突川縁へ場を移し毎週行われました。

夏は、生徒数が500名弱にもかかわらず高校総体の予選に各部も参加したりと、教師生徒共に「何もかもが手探り状態」でした。

2年生になって、ようやく旧鶴丸高校(現在の加治屋町)の校舎に移転しました。 2期生のみなさんは、入学式から現在地でスタートを切ることができました。

この頃、校舎には土足で入っておりましたが、泥が積もった床を木の白い肌が見えるまでクレンザーと束子で懸命に磨きバケツで水を撒き流し、拭き取って乾いたら蠟引きするという時間が定期的にありました。「中央高校伝統の床磨き」の原点とも言えます。

笠沙の網元である実家の手伝いをしておりましたが、急に父が病に倒れ、三姉妹でしたので女の子のできる仕事として小さな化粧品販売店と美容室を母が始めました。短大後、美容専門学校へ通い管理免許までを取得して、現鹿児島 中央駅前に約30坪の「マリー化粧品美容室」を開業しました。

お客様の喜ばれる顔を見るのが嬉しく事業も順調に伸ばしておりましたが、次第に「一日何人対応できる仕事かな」と考え多少限界を感じ始めた頃に、天文館にあった「とあるスナック」の内装に感動し、翌日にはその設計士さんとすぐにお会いし美容室をスナックに即改装、始めたのが「沙悟浄」というお店です。現仕事のスタートです。

未経験で初めて47年が経ちました。「まだ15年位しかやっていない気持ち」で、楽しくいまだに仕事をしております。

後輩・現役生徒へのメッセージ

先輩のいない私たち一期生は、先輩がいる他校の歴史ある学校を羨ましく思うことがありました。今では母校も沢山の卒業生がいます。
中央高校という名を絆にして、先輩後輩の交流が深まることを願っております。

田中 巽(1期生)

更新日時:2017年11月22日

田中 巽
氏名 医療法人ハヤの会 田中矯正歯科
田中 巽
職業 歯科医師(歯科矯正専門)
部活動 サッカー部

田中矯正歯科[外部リンク]
〒890-0053 鹿児島市中央町21-14
TEL:099-257-9052

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思い出の先生

柳直一校長先生の生徒への講話が一番心に刻まれています。
1987年の夏休みに渕上哲彦先生と大久保寛先生に引率して頂いて宮崎から大隅半島を2泊3日でサイクリング旅行したことです。

思い出の校舎

戦後初めての新設の県立高等学校として新しい校舎もなく明治30年に45連隊の兵営として薩摩健治の養成の場として建てられ、70年以上経った伊敷の木造2階建ての仮校舎で授業が始まったことです。
校舎の前には年月を経た大木がありました。

思い出の出来事

伊敷の校庭では、団体訓練をするため校庭で毎日石拾いをしたように思います。
柳校長先生の号令で全校生徒495人と教職員の先生方も一緒になって全員が足並みを揃えて走ることが出来るまで、毎日校庭を走ったことです。
また、教育キャンプで霧島の自衛隊のカマボコ型の宿舎で同級生みんなと寝食を一緒にして、協力して登山をしたことです。
そして、卒業式で諸君は本校を無から有を産んだことが1期生として勇躍全身の基調となると言われたことです。

その他

県立鹿児島中央高校の教育理念は、創設された初代柳直一先生が掲げられた3綱領5条目にあることは周知の事実です。社会人になって多くの困難にあっても、3綱領5条目を思い出すことで常に心して行動することができると信じています。団体訓練を行うことは個人の行動を見直し、また全体を考える事のできるなど、身体で体験できる良い教育です。
創立50周年の記念体育祭の時、創立時の先生方と同窓生が一緒になって団体訓練を行いました。在校生の感想では、私たちと同じように団体訓練をされていたことを知り驚いてしまいました。100週年の50年後に同じように在校生が団体訓練をしてくださることを願っています。
50年を経ても本校の教育理念は不変であり今後も継続されることでしょう。

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